取材日:2026年6月17日
2025-26シーズン 退団選手インタビュー Part.11 PR中島 イシレリ選手
「Yeaboii」の掛け声で人気の「イシ」こと、中島 イシレリ選手が今シーズンをもって退団することになりました。2015-2016シーズンにNECグリーンロケッツ(当時)から移籍。2015年8月に日本国籍を取得すると、ロックでポジションを獲得し、2018-2019シーズンにはNO8で活躍し優勝に貢献、そのシーズンのベストフィフティーンに選出されました。ターニングポイントになったのは、左プロップへのコンバート。スクラムのスキルを習得すると日本代表に選出され、ラグビーワールドカップ2019日本大会に出場しました。リーグワンがはじまってからも『1番』でグラウンドに立ち続け、スティーラーズキャップは87に。明るい性格とキュートな笑顔で日本中のラグビーファンを魅了したイシレリ選手のラストインタビューです。
「神戸スティーラーズで過ごした11シーズンは
人生において宝物のような時間になりました!」

中島 イシレリ
ISILELI NAKAJIMA
PROFILE
- 生年月日/1989年7月9日生まれ(37歳)
- 出身地/トンガ・ ヴァイオラ
- 経歴/リアホナ高校→流通経済大学→NECグリーンロケッツ(当時)
- ポジション/PR
- 代表歴/日本代表9キャップ
- 2025-26シーズンまでの神戸Sでの公式戦出場回数/87
神戸Sに移籍したことが1つ目のターニングポイントに
トップリーグ時代から今シーズンまで11シーズン、神戸スティーラーズに在籍しました。
「大学からNEC(当時)に入団したのですが、怪我が続いて、3シーズンまったく出場機会を得られなくて。そんな時に大学時代から憧れていた神戸製鋼コベルコスティーラーズ(当時)から声がかかり、移籍を決めました。当時は体重が140kg以上あって(笑)、太り過ぎていたこともあり、すぐにダイエットして、また、日本国籍を開幕前に取得できたことも良かったです。移籍1年目からプレシーズンリーグ、トップリーグと出場することができました。公式戦に出場できて、とても嬉しかったです。神戸Sに移籍したことは、今、振り返ると、ラグビー人生におけるターニングポイントの1つになりました」
11シーズンは長かったですか、それともあっという間でしたか。
「あっという間でした。10シーズン以上も神戸Sにいるとは思っていなくて、カウントしたら11シーズン!ホントにびっくりしました。けど、入団した時は髪の気がフサフサでしたが、11シーズンの歳月の変化が髪にしっかりと表れているのかなって(笑)」
この2シーズンはなかなか出場機会が得ることができなかったです。
「膝の負傷があり、なかなかコンディションが上がらなくて。プロップにコンバートした時から膝に負担がかかることはわかっていたことなのですが、この2シーズンはパフォーマンスが良くありませんでした。ただ、左プロップにコンバートしたから日本代表になれて、ラグビーワールドカップ2019日本大会に出場できました。コンバートして良かったと思っています」
イシレリ選手のラグビー人生を振り返った時に、神戸Sへの移籍と同じくらい、『1番』へのコンバートは大きなターニングポイントだと感じるのですが。
「2つ目のターニングポイントですね。大きな決断でしたし、ビッグチャレンジでした。けど、日本代表にもなれて素晴らしい結果を得ることができました」
日本代表というのは、トンガから流通経済大学でプレーすることに決めた時からの目標だったのでしょうか。
日本代表については考えたことがありませんでした。大学時代の目標はトップリーグでプレーすること。それがNECに入団できて、叶って、次の目標は公式戦に出場することになりました。それは神戸製鋼コベルコスティーラーズに移籍して達成できて、次は日本一になることがターゲットになって。そうやって目の前のことにフォーカスして取り組んでいたら、2018-2019シーズン、ウェイン(・スミス)が総監督に就任しました。ウェインと初めて1対1でミーティングした時に、いきなり『あなたはなぜ日本代表じゃないんだ』と言われたんです。その言葉がずっと気になっていて、そのシーズンが終わった後、ジェイミー(・ジョセフ前日本代表ヘッドコーチ)からコンバートを提案されたことやウェインからの後押しもあり、プロップに挑戦することにしました。プロップはスクラムを組むのが大変でしたが、私のサイズに、スピード、パワー、そしてスクラムのスキルが加われば最強の左プロップになれるんじゃないかと思って取り組みました。そういう意味では、日本代表を意識するようになったのは、初めてウェインに言われた言葉がきっかけでした」
ラグビー人生で2度の優勝を経験でき、最高に幸せです!
高校時代はプロップだったんですよね。
「その時は『3番』だったんです。『1番』と『3番』。まったく違います。カンビー(スティーブ・カンバランドヘッドフォワードコーチ(当時))から教えてもらって、スキルを身に付けました。あと、ラッシーさん(平島 久照スクラムコーチ)が現役でプレーしていたことも大きかったです。ラッシーさんがこまかく教えてくれてスクラムを強く組めるようになりました。ワールドカップが終わった後も、ラッシーさんがいろいろとアドバイスをくれて成長することができました。ラッシーさんはパワー、テクニックがあって、私の中では日本一のルースヘッドプロップだと思っています。あと、チームでスクラム練習をする時にトイ面がヤンブーさん(山下 裕史)というのも成長の助けになりました。ヤンブーさんのスクラムの強さは半端ないですから」
2022年4月に急逝されたカンバランドヘッドフォワードコーチ、2022-23シーズンからスクラムコーチを務める平島コーチと山下選手という日本屈指のプロップのお陰で成長することができたんですね。話が前後しますが、イシレリ選手が公式戦出場の後に目標としていた優勝を2018-2019シーズンに達成できました。
「ラグビー人生で初めての優勝になりました。チームに入ってからずっと目標にしていたので、めちゃくちゃ嬉しかったです。私はあのシーズンのラグビーがすごく好きで、実はウェインから『なぜ日本代表じゃないんだ』と言われた1対1のミーティングの後、今度は『あなたはパワーとスピードがあるけど、パスのスキルがない』と言われたんです。そうして、私だけでなく、フォワード全員がパスのスキルを磨いて、どのチームもやっていないフォワードのショートパスが効いたボールの動くラグビーが完成しました。ウェインのラグビーはやっていて楽しかったですし、優勝もできて最高の気分でした」
イシレリ選手にとって来シーズンからヘッド・オブ・コーチングを務める、ウェイン・スミス氏の存在とは。
「ウェインは私にとってメンターというべき存在です。ウェインは教えるのが上手くて、どんどん成長することができました。それに、ウェインの作ったラグビーも好きでした。ウェインが総監督に就任し、私自身も成長しましたし、チームも強くなって。ウェインに感謝しています」
2023-24シーズンからはデイブ・レニーディレクターオブラグビー/ヘッドコーチ(以下HC)の体制になりました。
「レンズのもとでラグビーができたことも良かったです。これまでとは違うアタッキングマインドを持った神戸Sのラグビーをやってきて、最初は戸惑うことも多かったですが、3年かけて完成し、今シーズン優勝することができました。ラグビー人生で2度も日本一を経験させてもらって本当に幸せです」
スティールメイツのお陰で楽しくラグビーができた!Yeaboii!!
神戸Sで過ごした11シーズンで印象に残っていることは。
「フロントローの集まりですね。ビーフ・イーター(BEEF EATER)という会なんですが、毎回、すごく楽しくて!ただただ肉を食べて、お酒を飲んで(笑)。あと、ルースヘッドプロップだけで旅行したこともあります。フロントロー同士全員仲良いことも、プロップをやって良かったと思う理由でもありますね」
平島コーチや山下選手といったフロントローの選手以外に、すごいと思った選手はいるのでしょうか。
「DC(ダン・カーター)です。スキルの高さ、ゲームコントロール、すべてが別格でした。あと、ガズラ(ブロディ・レタリック)とアーディ(・サベア)も。ガズラは運動量がとにかく半端ないです!あと、アーディのハードワークも。ワールドクラスの選手と一緒にラグビーができたことも良かったです」
神戸Sで過ごした11シーズンはどんな時間になりましたか。
「幸せな11シーズンでした。2度優勝することができて、選手として成長して神戸Sに移籍して本当に良かった。それに、神戸Sでラグビーキャリアを終わらせたいと思っていて。神戸の街も大好きですし、チームも大好きです。人生において宝物のような時間を過ごすことができました」
神戸Sに期待することとは。
「今シーズンだけでなく、来シーズンも優勝してほしいです。それから、『1番』の後輩である髙尾(時流)、森脇(光)、ヴァカ(カウヴァカ・カイヴェラタ)、(前田)翔にはこれからもお互いに切磋琢磨して成長してほしいと思います」
では最後にスティールメイツにメッセージをお願いします!
「スティールメイツの皆さんの応援があったから、楽しくラグビーをすることができました!11シーズン、応援ありがとうございました!Yeaboii!!」

