取材日:2026年6月15日
2025-26シーズン 退団選手インタビュー Part.9 WTB濱野 隼大選手
スーパーラグビーの選手も輩出しているニュージーランドの名門、ロトルアボーイズ高校でプレーし、2020年度に入団。1年目、2年目は怪我があり、なかなか思うようなシーズンを送ることができなかったですが、スピード、フィジカルの強さを活かしたランを武器に、NTTリーグワン2022-23第7節三菱重工相模原ダイナボアーズ戦でデビューを果たすと、翌シーズンのレンズ体制1年目には9試合に出場し、その後、日本代表に初めて選出されました。しかしながら、この2シーズンはなかなか出場機会を得ることができずに、悔しい思いも。高校を卒業してから伸び盛りの6シーズンを神戸Sで過ごし、「選手として、人として子どもから大人になれた」と振り返ります。もう一度日本代表のジャージーを着たいという夢に向かって、神戸Sに対して感謝の気持ちを持ちながら、次のステージでの成長と活躍を目指します。
「神戸スティーラーズには感謝の気持ちしかありません。
6シーズンの経験を存分に活かして今後も全力で頑張ります」

WTB
濱野 隼大
JUNTA HAMANO
PROFILE
- 生年月日/2001年5月2日生まれ(25歳)
- 出身地/兵庫県三田市
- 経歴/三田ラグビースクール→ロトルアボーイズ高校
- ポジション/WTB
- 代表歴/日本代表2キャップ
- 2025-26シーズンまでの神戸Sでの公式戦出場回数/21
ウェインやクラッツの言葉で背中を押され、3年目で掴んだ公式戦デビュー
6シーズン所属した神戸Sを退団することになりました。今の心境をお聞かせください。
「18歳で神戸Sに入団し、6シーズン多くのことを学び、成長することができました。神戸Sには感謝の気持ちしかありません」
もともとトライアウトで入団したんですよね。
「高校を卒業した後、ニュージーランドの大学に通いながらクラブチームのアカデミーでプレーするのか進路を悩んでいた時に、当時のヘッドコーチだったデーブ(・ディロン)と高校の監督が知り合いだったこともあり、トライアウトを受けることになりました。チームにはワールドクラスの選手がたくさんいましたし、まさか合格できるとは思わなかったです」
実際に入団して感じたことは。
「トライアウトの際もアタさん(アタアタ・モエアキオラ)に吹っ飛ばされたのですが、どの選手もフィジカルが強いですし、スキルレベルも高くて、すべての面で圧倒されました。また、体づくりの面でも高校時代は体脂肪など気にせず過ごしていたので、測定の時にスキンフォールド(皮下脂肪)がフロントローの選手よりも多かったんです(苦笑)。それから食生活にも気をつけてトレーニングに励んで、1シーズンで入団当時よりもスキンフォールドが半分以下になりました」
吹っ飛ばされることもなくなりましたか。
「ニュージーランドでプレーしていたこともありフィジカルには自信があったのですが、アタさんに吹っ飛ばされて『これじゃまずい』と思って、力を入れてトレーニングしました。それからはフィジカルで負けたと思うことはなくなりました」
入団1年目、2年目と開幕前に怪我してしまったんですよね。
「1年目はプレシーズンマッチの初戦にメンバー入りしたのですが、試合前に膝を負傷し、長期離脱することになりました。2年目こそ頑張ろうと思って気合いが入っていたのですが、開幕前にまた同じところを怪我してしまって。その時はかなり落ち込みました」
どうやって乗り越えたのでしょうか。
「当時総監督を務めていたウェイン(・スミス)から『グラウンドに立てなくても学ぶことはたくさんある』と言っていただいたり、当時チームメイトだったクラッツ(アーロン・クルーデン)も昔大きな怪我や病気を経験していて、彼からリハビリ中のメンタル面についてアドバイスをもらったりして前を向くことができました」
そうして入団3年目のNTTリーグワン2022-23第7節相模原DB戦でデビューを飾りました。そのシーズンは9試合に出場しましたね。
「その年のプレシーズンに肩を脱臼して出遅れてしまったんです。2月までリハビリをして、そこから調子を上げていくことができ、第7節の前の週に行われたトレーニングマッチで良いパフォーマンスを発揮し、相模原DB戦で試合メンバー入りしました。デビュー戦は緊張しましたが、トライもマークできましたし、手応えを感じて。これまでやってきたことは間違ってなかったと自信を持つことができました」
レンズのコーチングから学んだことを活かしていく
レニー体制1年目のNTTリーグワン2023-24でも9試合に出場し、シーズン後には日本代表に初招集されました。しかし、そのシーズン以降はなかなか出番に恵まれなかったです。
「子どもの頃から夢であった日本代表に入ることができて、チームでさらに成長して、代表に定着したいと思っていました。しかし、チームに戻り、ディフェンスシステムが少し変わっていたこともあってうまく適応できなくて。それにチームには良い選手がたくさんいます。チャンスをもらった時に持ち味を発揮できなくて…。今シーズンは途中怪我もあり、悔しい思いをしました」
デイブ・レニーディレクターオブラグビー/ヘッドコーチ(以下HC)からはどのようなことを求められていたのでしょうか。
「レンズ(デイブ・レニーHC)の体制になってからウイングでプレーすることが増えました。レンズからはエッジ(タッチライン際)に立っているだけでなく、いろんな場面でゲームに絡むように言われました。そこで考え過ぎてしまって、ミスが増えて、もっと肩の力を抜いてプレーしたら良かったという後悔はあります。レンズからはプロフェッショナルになるように言われて、細かいところにまでこだわるよう指導を受けました。厳しいですが、常に気にかけてくれて。レンズからコーチングを受けたことは今後に活かすことができます」
冒頭、選手として成長できたと言われていましたが、プレー面や取り組む姿勢などで影響を受けた選手はいるのでしょうか。
「入団当初からティム(ラファエレ [大田1.1]ティモシー)にはハンドリングスキルなど教えてもらって、成長の手助けをしてもらいました。2022-23シーズンで退団したバッキー(リチャード・バックマン)は一緒にプレーしていて、ディフェンス面をはじめ、すごいと思うことが多くて、いろいろとアドバイスをもらって、プレー面ではこの2人から影響を受けました。ラグビーに取り組む姿勢という面では井関(信介)さんやケンティさん(松岡 賢太)です。特に井関さんはミーティングやファンクラブイベントでも中心となって盛り上げて、チームのために常に動いている人です。そういう先輩たちの姿を見て、オフフィールドでもチームのために全力を尽くすことが大事だと思いました」
高校時代をニュージーランドで過ごしました。神戸Sにはオールブラックスで活躍した選手や現役オールブラックスも所属していますが、高校時代に好きだった選手はいなかったのでしょうか。
「特にこの選手が好きというのはなかったです。ただ、高校時代、ずっとテレビで見ていた選手がチームメイトとしてプレーしていることに驚きや興奮はありました。一緒にプレーしてわかったのが、オールブラックスの選手は全員めちゃくちゃ良い人ということでした。その中でも特に印象に残っているのが、ベンダー(ベン・スミス)です。僕にとってベンダーは雲上の存在でしたが、彼から『一緒にキック練習しよう』と言ってくれて、びっくりしました。英語でコミュニケーションを取って、いろんなことを聞いて、アドバイスをもらったことも良い思い出です」
英語でコミュニケーションを取れるのも濱野選手の強みですよね。
「そうですね。チームに入って最初に仲良くなったのは、チャーリー(・ローレンス/相模原DB)でした。それから、外国人、日本人かかわらず、みんなから可愛がっていただきました」
日本代表への復帰を目指して、チャレンジし続ける!
いろいろな経験をした6シーズンを経て自分自身の変化をどのように感じていますか。
「高校を卒業して、すぐに神戸Sに入団しました。社会のこともわからなかったですし、人との関わり方も含めて、まだまだ子どもだったなと思います。オンフィールド、オフフィールドでいろんなことを吸収し、人として、選手として、“子ども”から“大人”になることができました。試合に向けての準備、ベーシックなスキルの大切さ、常にスタンダードを高く保ってプレーすること、リカバリーの仕方などを学び、神戸Sでこれからラグビー選手としてキャリアを続けていく上で土台を作ることができたと思います」
この6シーズンで一番印象に残るシーズンというのは。
「レンズ1年目のシーズンです。新しいシステムに取り組んで、それに適応するのも大変でしたし、シンプルに練習もきつくて。ミスできないというプレッシャーもありましたし、フィットネス、フィジカルトレーニングも追い込んでやっていました。頭も体もいっぱいいっぱいで、ラグビー人生において一番きつかったかもしれないです(苦笑)。そういうシーズンを経験したから、チームは今シーズン優勝できましたし、個人的にも強くなれました」
高校卒業してからの進路に悩んでいたとのことでしたが、神戸Sに入って良かったですか。
「神戸Sに入団して大正解だったと思います!当時はめちゃくちゃ悩みました。けど、結果的に神戸Sに入り、怪我や試合に出られないという悔しい思いもしましたが、ほかでは経験できないような濃い時間を過ごすことができましたから。それに、チームからチーフスディベロップメントやマナワツ・ターボスへの派遣を経験させてもらって、高校時代に1つの目標としていたNPCにも出場することができました。選手、スタッフ、神戸Sに関わるすべての方々に心から感謝しています」
上ノ坊 駿介選手との三田ラグビースクールでの先輩後輩コンビの活躍を見たかったです。
「(上ノ坊)駿介とは母親同士が仲良くて。神戸Sで一緒に試合に出て活躍したかった思いはありますが、いつか日本代表で同じグラウンドに立てるようチャレンジし続けます」
今後の目標というのは。
「高校卒業してからの6シーズンで本当に得難い経験を積むことができて大きく成長できました。神戸Sに対して感謝の気持ちを忘れずに、新しいステージでこの経験を存分に活かして、これまで以上に活躍できるよう努力します。そしてまた日本代表に選ばれるよう全力で頑張ります!」
では最後に応援してくれたスティールメイツにメッセージをお願いします。
「試合に出ている時、出ていない時にかかわらず、いつも応援していただき、スティールメイツから大きな力をもらっていました。これからも選手としてさらに成長できるよう頑張りますので、引き続き応援していただきますよう、よろしくお願いします!」

