取材日:2026年6月26日
2025-26シーズン 退団選手インタビュー Part.8 LO小瀧 尚弘選手
6シーズン所属した東芝ブレイブルーパス(現・東芝ブレイブルーパス東京)からさらなる成長と日本代表復帰を目指してリーグワン初年度に新天地へ。コベルコ神戸スティーラーズのDNAであるボールを動かすラグビーに悪戦苦闘しながらも、1年目から試合に出場。しかし、ここ3シーズンは世界No.1と称されるブロディ・レタリック選手やブルースで活躍したジェラード・カウリートゥイオティ選手らの控えに回ることも多く悔しさも。順風満帆とは決していえなかった5シーズンですが、「神戸スティーラーズに移籍して良かったです。選手としてすべてにおいて成長することができました」と語る小瀧選手。九州男児で、『漢』といった雰囲気ながら、ポケモンの『カビゴン』好きだったり、イベントで『ジョジョの奇妙な冒険』のジョジョ立ちを披露してくれたり、意外な一面も。そのギャップも相まって、スティールメイツから愛された小瀧選手のラストインタビューをお届けします。
「成長できたからこそ、『負けたくない』気持ちになりました。
こういう気持ちにさせてくれた神戸Sに感謝しかありません」

LO
小瀧 尚弘
NAOHIRO KOTAKI
PROFILE
- 生年月日/1992年6月13日生まれ(34歳)
- 出身地/鹿児島県鹿屋市
- 経歴/鹿児島実業高校→帝京大学→東芝ブレイブルーパス(当時)
- ポジション/LO
- 代表歴/日本代表11キャップ
- 2025-26シーズンまでの神戸Sでの公式戦出場回数/36
ガズラ、エパという2人の“先生”から多くを学ぶことができました
5シーズンはどうでしたか。
「あっという間でしたね。気づけば5シーズン経っていたという感じでした」
さらなる成長と代表復帰を求めて東芝(当時)から神戸Sへ移籍することにしたと新加入インタビューで話をしてくれました。神戸Sのラグビーはどうでしたか。
「もともとボールを持ったら突っ込むことしか考えていなかったので、フォワードの選手でもハンドリングスキルが求められる神戸Sのラグビーに苦労しました。実際、みんな、上手いなと思って。そういうラグビーを標榜している神戸Sで成長したいと思い入団し、スキルはかなり向上したと感じています」
2023-24シーズンからは体制が変わり、世界的な名将であるデイブ・レニーディレクターオブラグビー/ヘッドコーチ(以下HC)から指導を受けました。彼の指導から感じたことを教えてください。
「レンズ(デイブ・レニーHC)が指導するようになり、ラグビー自体の変化はもちろんありましたが、チームづくりに感銘を受けました。誰のために、誰を代表してラグビーをするのか。それを浸透させて、チームをひとつにして、同じ方向に向かわせて、すごいコーチだなと思いました」
レニーHCの指導で印象に残っていることは。
「とにかく諦めずに根気強く指導してもらったことが印象に残っています。キャリーの仕方、パス、あげるとキリがないくらい、多くのことを指摘されました。うまくできなくても見捨てることなく同じことを言い続けて、レンズの求めるスタンダードに達するまで何度も何度も教えてもらって、まだまだ成長途中ではありますが、そういうレンズの指導があったからレベルアップできたのだと思います」
同じポジションにはオールブラックス109キャップを誇るブロディ・レタリック選手やスーパーラグビーでも活躍したジェラード・カウリートゥイオティ選手がいました。
「カズラ(ブロディ・レタリック)、エパ(ジェラード・カウリートゥイオティ)から学ぶことは多かったです。ガズラもエパも素晴らしいロックで、それぞれ違う武器を持っています。ガズラはラインアウトディフェンス、キャリーの際のコースやサポートの仕方などを教えてもらいましたが、何しろ異次元の選手なので(苦笑)、真似をしようにもなかなか難しくて。エパからはラインアウトの時にコールするタイミングなどについてアドバイスをもらいました。あと、エパはタックルに入る時のヒットが尋常じゃないくらい強いんです。動画を見ながら、足の踏み込み方など1つ1つ聞いて教えてもらいました。僕にとって2人は先生みたいな存在でした」
神戸Sでの5シーズンはラグビー人生のターニングポイントに
2人から学んで2人を超えようと努力されてきたんですね。
「そうですね。2人を超えるにはどこを伸ばせばいいのか、レンズに何度か聞きに行くこともありました。レンズが1年目の時は3試合しか出場機会がなかったのですが、2年目には7試合になりました。今シーズンは7試合に加え、グラウンドには立てなかったですが、第18節と決勝戦もリザーブに入ることができて。そうやってレンズから信頼を得られるようになったことも自信になりました」
印象に残っているシーズンというのは。
「レンズから指導を受けた3シーズンというのは、試合に出られずに悔しさも感じましたし、逆にそれをモチベーションに変えてラグビーに取り組んで、選手として一回りも二回りも成長できました。この3シーズンは優勝という結果も、その過程も含めて中身の濃い時間になり、自分自身のキャリアの中でも特に印象深いシーズンになりました」
ロックとしてはレタリック選手、カウリートゥイオティ選手から学んだことが多かったということですが、ラグビーに取り組む姿勢等で影響を受けた選手はいるのでしょうか。
「徳ちゃん(徳田 健太)ですね。サラマンダーズ(試合メンバー以外の選手)として一緒に練習することが多かったこともあり、彼の取り組み方や姿勢を近くで見てきました。徳ちゃんは本当にチームマンで、常にチームのために全力を尽くし、言うべきことをしっかり発言してくれる。その姿勢に大きな刺激を受けました」
神戸Sで5シーズン過ごしたことは小瀧選手のラグビー人生においてどういう意味を持つものになるのでしょうか。
「大きなターニングポイントになると思います。実は東芝時代はそれほどラグビーが好きじゃなかったんです。チームメイトとラグビーをやること自体は好きだったのですが、ラグビーという競技自体は好きではなかった。それは当時のコーチ陣からも指摘されました。けど、体も強いし、身長もあったので試合に出られて。そして、一念発起して大好きだった東芝から神戸Sに移籍し、ラグビーの奥深さを知ることができて、選手としてすべてにおいてレベルアップすることができました。そうやって成長できたからこそ、『負けたくない』という気持ちが湧いてきました。改めて、こういう気持ちにさせてくれた神戸Sには感謝しかないですし、このチームに入って良かったと心から思います。それにプライベートでもチームメイトと楽しい時間を過ごして、生涯通して付き合っていけるような仲間にも出会えて、本当に幸せな5シーズンでした」
今後はどうされるのでしょうか。
「ラグビーを続けます。神戸Sで学んだことを活かして、新しいチームで試合に出て活躍することが神戸Sに対して恩返しになると思いますので、これからも頑張ります!」
これからも『小瀧タオル』を振って応援してください!
先ほど言われた通り決勝は出番がなかったですが、神戸Sでのラストシーズンを優勝で飾りました。
「これまでのラグビー人生において優勝は初めてのことだったので嬉しかったですね。ただ、試合に出られなかったことのほかにも残念だったことがあって。というのが、実は記念撮影の時にガズラの後ろに立っていたんですが、彼が優勝カップを掲げていたこともあり、写真に全然映っていないんですよ(苦笑)」
小瀧選手は真面目な雰囲気なんですけど、ファンクラブイベントで『ジョジョ立ち』を披露したり、実はめちゃくちゃ面白いですよね。そのギャップにやられたスティールメイツも多いと思います。
「そうですかね。時々スタンドで僕の名前が入ったタオルを持ってくれているスティールメイツがいて、それを見るのが嬉しかったですね」
Steel Mates感謝祭2025-26が行われた6月13日は小瀧選手の誕生日だったんですよね。
「たくさんの方から『おめでとう』と声をかけていただき、プレゼントを用意してくださった方もいて、あと『退団後はどうするの?』とも言われて。スティールメイツにはいつも気にかけていただき、あらためて感謝の思いでいっぱいになりました」
そんなスティールメイツにメッセージをお願いします。
「5シーズン、応援ありがとうございました!皆様の声援が力になっていましたし、そのお陰でチームは今シーズン優勝という最高の結果を勝ち取ることができました。神戸Sは退団しますが、次のステージでも一生懸命頑張ります!引き続きスタジアムで『小瀧』タオルを振って応援していただけると嬉しいです!」

