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KOBELCO

close-up KOBE -Long interview-

ロングインタビュー

2025-26アーリーエントリーインタビュー Part.5 UTB上ノ坊 駿介選手

 取材日:2026年2月11日

2025-26アーリーエントリーインタビュー Part.5 UTB上ノ坊 駿介選手

2025-26アーリーエントリーインタビューの最後を飾るのは、チームに合流して1週間足らずでNTTリーグワン2025-26第7節静岡ブルーレヴズ戦に出場し、ハットトリックをマーク!デビュー戦でいきなりプレーヤーオブザマッチに選ばれる活躍を見せた「ぼう」こと、上ノ坊 駿介選手です。ご存知の通り、その後も試合メンバーに名を連ね、アーリーエントリーとは思えない安定したパフォーマンスを見せています。現在、フルバックでの出場ですが、大学時代はスタンドオフでもプレー。パス、ラン、キックとすべてにおいてハイレベルで、さらに空中戦にも強く、ディフェンスでも体を張ります。大学時代は天才スタンドオフと言われた上ノ坊選手ですが、インタビューを通じて、実は「努力の人」だということが明かされました。そんな上ノ坊選手の今後の目標や目指す選手像とは。

「いつか海外にも挑戦してみたい!
日本を代表する選手になることが目標です」

UTB

上ノ坊 駿介

SHUNSUKE UENOBO

PROFILE
  • 生年月日/2003年9月29日(22歳)
  • 出身地/兵庫県三田市
  • ラグビー歴/三田ラグビークラブジュニア→石見智翠館高校→天理大学
  • ポジション/UTB
  • 身長・体重/183cm・88kg
  • 代表歴/高校日本代表候補、U23日本代表

チームから必要とされるポジションを全力で楽しみたい!

チームに合流してすぐに試合に出場されましたが、こんなに早く出られると思っていたのでしょうか。

「神戸Sへの入団が決まった時からレンズ(デイブ・レニーディレクターオブラグビー/ヘッドコーチ)にいつでも試合に出られるよう、コンディション面、神戸Sのやっているラグビーへの理解度という面でも準備しておいてほしいと言われていました。早く出たかったので、神戸Sのラグビーを見て、システムを考えたりしていて。練習には大学のテストもあったので1月に数回参加させてもらって、1月27日に行われたトレーニングマッチにも練習生として出場しました。頑張り次第ですぐに出番があるとは言われていたのですが、本格的に合流したのが2月2日からだったので、第7節のメンバーが発表された時は驚きました。サインプレーは合流してからでないとわからなかったので、手に書いたりして必死で覚えて臨みました」

『15番』で出場した3本のトライをマークしたリーグワンデビュー戦(第7節静岡ブルーレヴズ戦)を振り返っていただけますか。

「1本目はアルビー(アントン・レイナートブラウン)からのパスでトライになりました。パスをしなくても、アルビーはそのままトライできたと思うのですが、僕にボールを渡してくれて、あれはアルビーからのプレゼント。3本目のトライは自分の好きな間合いで抜けていくことができました。アタックに関しては戦術に合わせてプレーすることができましたが、ディフェンスは初めてのシステムということや久しぶりのフルバックということで慣れていく必要があると感じました。全体的に良いパフォーマンスだったと思いますが、課題も見えて。リーグワンは外国人選手が多いので、タックルの強さやスピードが違います。『抜けた』と思ってもタックルに入られたり、相手の腕が長くて捕まえられたりして。スピードを上げてラインブレイクできるようにしていきたいですし、フィジカルももっと鍛える必要があると思いました」

ハイボールをキャッチし、チャンスを作る場面もありましたね。

「なんか取れましたね(笑)。キックの精度が高かったので、うまくキャッチすることができました」

ハイボールを確保できる秘訣はあるのでしょうか。

「競ってくる相手は気にせずに、ボールだけをしっかり見て最高到達点でキャッチできるようにしています。取る時は体ではなく、手だけを使うように意識していて。高校生の時からずっとこのスタイルです」

大学4年の時はスタンドオフ、ほかにもフルバック、センターでプレーされています。ポジションに対してこだわりはあるのでしょうか。

「『15番』も好きですし、『10番』も楽しいです。ポジションによって楽しさが違いますし、自分の強みの出し方が違ってきます。チームから必要とされるポジションを全力で楽しみたいと思っています」

地元のチームということが入団の決め手に

改めて上ノ坊選手が神戸Sに入団することに決めた理由を教えていただけますか。

「ありがたいことに多くのチームから声をかけていただきました。関西、関東にかかわらず、やりたいラグビーができるチームに行こうと思っていて。最後の最後までかなり悩んだのですが、最終的に兵庫県三田市出身ということで、高校の監督からの助言もあり、地元のチームでラグビーをすることが一番みんなに応援してもらえるのではないかと思い、入団を決めました。それに、神戸Sの灘浜グラウンド(現・コベルコ神戸スティーラーズラグビーグラウンド)は子どもの頃から何度も足を運び、試合をしたり、練習をしたりしていて。今日も人工芝グラウンドでスクールの県大会が行われていて、三田ラグビークラブの子たちが来ていました。ティムさん(ラファエレ ティモシー)が一緒にパスをしようと子どもたちに声をかけていて。僕が子どもの頃から神戸Sは地元の子どもたちに優しくて、アットホームな雰囲気も魅力に感じました」

子どもの頃、コベルコ神戸スティーラーズラグビーグラウンドに来ていたとのことですが、印象に残っていることはありますか。

「試合が終わった後、グラウンドで練習しているスター選手を見て、『ダン・カーターがキック練習している!』とか、『ヘイデン・パーカーや!』とか言って興奮していましたね。ボールが転がってきたら、キックで蹴り返したりして。今度は僕が子どもたちから見られる立場になったのかと思うと感慨深いです」

第7節が終わった後、「良いチームに入ることができた」と言われていました。練習を通じて感じることやチームの雰囲気はどうですか。

「いい緊張感があり、質の高い練習をしていて、オフフィールドでは先輩方が優しくて、よく話しかけてくれます。面白い人ばかりで、楽しいですね。それと、チームにはガズラ(ブロディ・レタリック)やアーディ(・サベア)、アルビー(アントン・レイナートブラウン)といったワールドクラスの選手がいて、彼らが詳細にこだわり、チーム全体でプレーのクオリティを上げようと周りに働きかけています。ミーティングでも、練習中のハドルでも声をかけて、彼らの影響力の大きさを感じました」

オールブラックストリオから学ぶことや『さすが』と思ったことはあるのでしょうか。

「プレーはもちろんですが、彼らが発言することで空気が引き締まるんです。良いコミュニケーション、良いリーダーシップを感じます。あとはオンとオフの切り替えのうまくて。学ぶことやすごいと思うことばかりです」

ところで、上ノ坊選手のこれまでの競技歴について伺いたいのですが、その前に『上ノ坊』という苗字ですが、珍しいですよね。

「全国でもかなり少ないみたいですよ。実は僕自身、家族や親戚以外に同じ苗字の人と会ったことがなくて。正確にはわからないのですが、お寺に由来している苗字だそうで、上ノ坊だけでなく、中ノ坊、下ノ坊もあるそうです」

あと、クボタスピアーズ船橋・東京ベイに所属する兄が『悠馬』、弟は『友騎』、そして上ノ坊選手は『駿介』と馬にまつわる名前なんですね。

「お寺で相談して名付けられて、苗字とのバランスと漢字の組み合わせで先に兄の名前『悠馬』が決まって、それから『駿介』と、『馬』で合わせようとなったようです」

コンプレックスを練習で克服してきた

そうだったんですね。上ノ坊選手は兄弟全員がラグビーをしていますが、競技をはじめることになったきっかけというのは。

「僕の母が(濱野)隼大くんのお母さんと仲が良かったんです。それで隼大くんがラグビーをはじめる時に、僕ら兄弟を誘ってくれて、全員同じタイミングで三田ラグビークラブに入りました。ただ、僕は最初の頃は泣きながらやっていたみたいで、無理やり連れていかれていたようです。けど、どんどんラグビーが好きになって気がつけば夢中になっていました。小学生の時のチームは、僕を含めて小さい子が多かったのですが、気持ちの強い子が多くて兵庫県で1位になりました」

兵庫県出身というと、1歳上には西神戸ラグビースクール出身の本橋 拓馬選手や明石ラグビースクール出身の植田 和磨選手がいます。

「拓馬くんは中学2年の時に兵庫県中学選抜で一緒になって、僕自身は試合には出ていないんですけど、同じチームでした。和磨くんはそのチームに招集されていたのですが、辞退されて。けど、和磨くんのことは小学生の頃から知っていて、『明石のフェラーリ』と呼ばれるくらい足が速くて憧れでもありました」

子どもの頃、体が小さかったと言われていましたが。

「身長も低かったですし、細くて、足も遅かったんです。和磨さんからは『チビ』と呼ばれていました。それが高校で身長がぐっと伸びて、和磨さんを追い越して。和磨さんからは『大きくなったなあ』とよく言われますね。足も大学1年の時に右足の脛の骨が2本折れて、10ヶ月間のリハビリ生活の後、突然足が速くなったんです(笑)。特別なトレーニングをしたわけではないのですが、復帰後、みんなに足が速くなったと驚かれました」

兄・悠馬選手が市立尼崎高校に進んでいる中で、石見智翠館高校に進んだのは。

「家から学校まで遠くて、何をするにしても親の送迎が必要だったんです。それもあって寮生活に憧れがありました。三田ラグビークラブの1学年先輩が石見智翠館高校に行っていたこともあり、智翠館に進むことにしたのですが、チームには大阪出身の選手が多くて、めちゃくちゃレベルが高くて。先ほど話したように体も小さくて細かったので、このまま試合に出られずに終わってしまうのかなと思いました」

高校入学してからどのようなことに取り組んだのでしょうか。

「高校入学当時170cmくらいで、体重も60kgくらい。タックルされたら、吹っ飛ばされる。まずは体重を増やさないといけないと思い、とにかくご飯を食べて体を大きくしようとしました。毎食1kgくらいはご飯を食べていたんじゃないかな。それを続けたら自然と体重が増えて、身長も伸びていきました。それに、練習もめちゃくちゃ頑張りました。ウエイトトレーニングに取り組んで、毎日、自主練習をして、誰よりも練習はしていたと思います。それで、高校2年の時に3年生で2人いたフルバックの選手が、2人とも怪我をしちゃって、チャンスが回ってきたんです。ここで踏ん張らないと、メンバーから外れてしまうと思って、そうしたら良いプレーができて、そこから先輩が復帰しても『15番』で使ってもらえて。2年で花園(全国高校ラグビー大会)に出場し、3年の時に選抜大会でベスト8になったり、セブンズ大会でベスト4入りしたりして、花園にも出ることができました。それに、高校日本代表候補に入ることができて。頑張ってきて良かったと思いました」

その頃の武器は。

「ボールタッチが好きだったので、パスを武器にしていました。それにもともとボール競技が得意ということもあり、サッカー、バスケットボール、バレーボールとなんでもできるタイプでした。ほかの競技と比べてラグビーのパスは難しかったですけど、スーパープレー集を見て真似をしたりしていました。バックフリップパスとかも遊び感覚で練習していましたね。高校時代にパス練習をたくさんして、スキルを磨いてきたので、大学に入ってスキルに高さを活かすことができました」

上ノ坊選手の形容詞として『天才』という言葉が使われますが。

「まったくそんなことないです。僕はそれこそ『フェラーリ』と言われた和磨さんのような飛び抜けたスピードがないですし、体も小さかった。そういうコンプレックスを食事や練習でカバーしたりして克服してきました。大学ではとりあえず空いているポジションをプレーして。『10番』がいないから『10番』をやったり、センターをしたり、スクラムハーフのポジションに入ったこともありました。苦労しましたし、努力してきました。高校時代の監督からは『お前がここまで成長するとは思わんかった』とは言われますね(苦笑)」

そうやって努力してきた原動力というのは。

「負けず嫌いですかね(笑)」

八ツ橋コーチのような神戸Sのレジェンドを目指す!

天理大学に進んだのは兄・悠馬選手の影響なのでしょうか。

「毎日のように遊んでいた幼馴染の家族が天理教の関係者だったこともあり、昔から天理大学の試合に連れていってもらっていたんです。それで、2019年1月、天理が明治に敗れた大学選手権決勝戦を見て天理大学で優勝して幼馴染の家族に恩返しがしたいと思って。彼の家族には本当にお世話になっていましたし、幼馴染と一緒に天理大学に進むことにしました。彼はチームの主務をしていました」

1年から出場をし、4年ではキャプテンを務めてチームを牽引しました。

「1年から出たいと思っていましたけど、本当に出られるとは思っていなかったですね。けど、フルバックで関西リーグ開幕戦から出させてもらって。2節で脛を折る怪我をして、リハビリ生活を送ることになりましたが、復帰後はセンターやフルバックで試合に出させてもらって。3年の時はリーグ戦途中からスタンドオフでプレーしていたんですけど、準々決勝で明治大学に負けて。その試合は前半まったく天理のラグビーができなくて、終盤になり追い上げることができましたが、スロースタートだったなと。自分自身もチームに勢いを与えるプレーができなったという悔しさや反省もあって、4年では絶対に大学日本一になろうと。4年の時はチームが創部100周年で、キャプテンは100代目となります。僕がキャプテンをしてチームを引っ張っていきたいと思いました」

大学4年の時は、関西リーグ連覇を達成しましたが、大学選手権準々決勝敗退という結果に終わりました。

「関西リーグは自粛期間があった中でまず初戦に勝つことだけにフォーカスして臨み、関西大学に62-0で勝利し、そこからどんどん乗っていくことができました。早稲田大学との大学選手権準々決勝は、3年生の時の明治大学との試合がスロースタートになってしまったので、最初から全部出し切って戦おうと話していたんです。けど、全部出し切った中で勝てなかった。悔しい気持ちはありますが、後悔なく大学生活最後の試合を終えることはできました」

早稲田大学には矢崎 由高選手がいます。日本代表でテストマッチに出場している矢崎選手のことは意識しているのでしょうか。

「年下ですし、日本代表にも招集されて、ライバル視というか意識はしています。ただ、試合では矢崎選手に何度もラインブレイクされて、めちゃくちゃ悔しくて。それに、服部(亮太)選手との10番対決もチームを勝たせるのはスタンドオフだと思っていますので、そういう意味ではチームは敗れて。悔しさはあります」

これから日本代表で活躍したいという思いはあるのでしょうか。

「日本代表というよりも、日本を代表するような選手になりたいという思いがあって。スーパーラグビーに挑戦するなど、海外でプレーしたいという気持ちがあります。でも、その前に神戸Sでこれからも試合に出続けて、チームにとって代わりの選手がいないような唯一無二の存在になっていきたいです」

理想の選手や目標とする選手というのは。

「イングランド代表のマーカス・スミス選手です。スキルフルでありながら、体を張るプレーもして、熱いプレーがかっこいいなと思っていて。スミス選手のようなプレーヤーになりたいと思っています」

神戸Sで達成したい目標をお願いします。

「大学時代に指導を受けた神戸SのOBでもある八ツ橋(修身)コーチのようなレジェンドを目指します。そして、チームの戦力として優勝に貢献できるよう頑張ります!」

では最後にスティールメイツへメッセージをお願いします。

「神戸Sのために一生懸命頑張ります!皆様の熱いご声援をよろしくお願いします!」

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