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KOBELCO

close-up KOBE -Long interview-

ロングインタビュー

2025-26アーリーエントリーインタビュー Part.1 PR大下 貴志選手

 取材日:2026年2月5日

2025-26アーリーエントリーインタビュー Part.1 PR大下 貴志選手

笑顔が可愛い癒し系プロップが新たにコベルコ神戸スティーラーズの一員に。大学4年の時に急成長を遂げ、リーグ戦全7試合で先発出場。第4節摂南大学戦ではスクラムの安定に貢献し、プレーヤーオブザマッチに輝きました。セットプレーのみならず、激しいタックル、ボールキャリーも魅力の大下 貴志選手。フロントローに日本代表経験者がずらりと顔を揃える神戸Sでどんな成長曲線を描くのか。これからが楽しみな新鋭の素顔をご紹介します。

「フロントローの先輩たちの背中を追いかけて、
いつか追い越すことができるように頑張ります!」

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大下 貴志

TAKASHI OSHITA

PROFILE
  • 生年月日/2003年7月27日(22歳)
  • 出身地/大阪府大阪市
  • ラグビー歴/大阪市立城東中学校→東海大学付属大阪仰星高校→近畿大学
  • ポジション/PR
  • 身長・体重/180cm・105kg

先輩たちと互角にスクラムが組めるよう日々奮闘中

チームにはいつから合流したのでしょうか。

「12月27日に行われたレッドハリケーンズ大阪とのサラマンダーズマッチに練習生として出場させていただいたり、1月も時々練習に参加したりしていたのですが、完全にチームに合流することになったのは2月に入ってからです」

2月8日に行われた豊田自動織機シャトルズ愛知とのサラマンダーズマッチにも出場したそうですね。リーグワンのレベルを体感して得た手応えや感じた課題を教えてください。

「RH大阪戦は何も考えずに思い切りプレーすることができたのですが、S愛知戦は練習にも参加している中でチームのシステムを遂行することを意識していました。ただ、スクラムを押される場面がありましたし、フィールドプレーでもタックルにいくべきところでいけないなど、セットプレー、フィールドプレーともに反省ばかりで。手応えというよりも、これから成長してリーグワンで戦える準備を整えないといけないと感じています」

『1番』『3番』でスクラムを組むことができるそうですね。

「基本的には右プロップなのですが、大学時代に『1番』の選手が怪我などでいない時には左プロップをすることがあって。大学1年時の公式戦デビューも、左プロップの控えとしてリザーブに入りました。大学時代に『1番』でスクラム練習もしていたので経験はありますが、神戸Sで通用するかと言われるとどうか。神戸Sのフロントローは日本代表経験者ばかりで、スクラムのレベルがめちゃくちゃ高いです。今は右プロップで成長して先輩たちと互角に組めるようになりたいです」

神戸Sのスクラムは大学時代と比べてどういうところに違いを感じますか。

「大学時代の組み方とまったく違うので慣れていかなければいけません。まず組み方に適応するのに悪戦苦闘しています。あと、とにかく強くて重くて。初めてスクラムを組んだ時、相手のフロントローから伝わる重さと、後ろにいるロック、バックロー5人からの押しの強さで首が取れるかと思いました(苦笑)。ただ、すごくレベルが高いからこそ、スクラムを組むのが楽しくて!スクラムはゴールがないというか…。どれだけ組んでもわからないことが出てくるんです。手の置き方や頭の動きひとつで勝ったり負けたりしますから。本格的にスクラムを組み出した高校時代のような感じで、日々、気づきや学びがあります。それを自分の成長に繋げていきたいと思います」

スクラム以外の面で感じたことは。

「大学時代はボールを持てば前進することが多かったですし、タックルも自信がありました。ただ、リーグワンで通用するようになるにはもっと頑張らないといけません。スクラムと同じように、ボールキャリーやディフェンスも伸ばしていきたいです」

兄の影響で野球から楕円球の道へ

これまでポジションはずっとプロップだったのですか。

「中学からラグビーをはじめたのですが、中学の時は12人制だったので、『6番』でプレーしていました。『6番』はラインに入って突破するようなポジションで、やっていて楽しかったです。プロップは中学3年の時にオール大阪(大阪府中学校選抜)に招集された時にはじめて経験しました」

中学からラグビーをはじめたきっかけというのは。

「それまでは野球をしていて、中学でも続けようかと思っていたのですが、2歳上の兄が小学6年からラグビーをはじめて、中学でもラグビー部に入っていて。ラグビーのルールなどはわからなかったのですが、面白そうだなと思い、僕もラグビー部に入部しました」

ラグビーのどこに魅力を感じましたか。

「ボールを持って走ったり、相手にぶつかったり、パスしたり、自由にできるところが楽しかったです。特にコンタクトの局面に面白さを感じました」

ちなみに体は大きかったのでしょうか。

「中学1年の時は身長170cmで、体重は60kgくらいで細かったのですが、どんどん体重が増えて、オール大阪に招集された時には90kgになっていました。体が大きかったこともあり、オール大阪に呼んでもらうことができたのだと思います」

高校は東海大学付属大阪仰星高校へ。

「兄が東海大学付属大阪仰星高校に進学していたこともありますが、東海大学でキャプテンだったFL薄田(周希)くん(花園近鉄ライナーズ)とオール大阪で仲が良くなり、彼が仰星に進むと聞いたことが大きかったです。東海大学付属大阪仰星高校はラグビー部全体で100人近くいて、1年の時は試合に出られないんじゃないかと思いましたが、2年に上がるタイミングの近畿大会で試合メンバーに選んでいただけました」

負けたくない!その気持ちが成長に繋がった

先ほど言われていましたが、高校で初めて本格的にスクラムを組んだと。

「中学では激しく押し合わないので、スクラムになると『休憩できる!』くらいの感覚だったんです。けど、高校になると1.5m以上スクラムを押し込んではいけないというルールがあるとはいえ、求められるものが多くて大変でした。ただ、兄もプロップだったので、いろいろと教えてもらいながら組み方を習得していくことができました」

高校3年の時には、全国高校ラグビー大会(以下、花園)で優勝を達成しましたね。

「3年の時はあまり調子が良くなくて、花園の決勝戦はリザーブでの出場になりました。3年間毎日ラグビーを頑張ってきて、優勝できて嬉しかったです」

近畿大学に進んだ理由というのは。

「実家から通いたかったのが一番の理由です(笑)。大学Aリーグでプレーしたかったことと、近畿大学は僕が高校3年の時に大学選手権に出場したこともあって進むことにしました」

チームのリクルート担当の松井 祥寛スタッフが大学4年の時に急成長したと言われていましたが、ご自身はどう感じていますか。

「僕もそう感じています。1年の時は『1番』の先輩が怪我をして、リーグ戦第1節で左プロップとして途中出場しました。その後先輩が戦線復帰してからは試合メンバーに入ることができなくて、2年の時はシーズン序盤、右プロップでリザーブ入りしたんですけど、怪我をしてしまって、3年の時も1試合だけ出て、また怪我…。ストレスが溜まる2年、3年だったのですが、最終学年になり、後輩や同期に絶対に負けたくないという思いもあって。コンディションが良かったこともあり、スクラムの感触も良くて、試合に出ながら成長することができました」

ヤンブーさんのようなプロップを目指して

大学時代はスクラムで苦労することはなかったのでしょうか。

「高校から大学になり、スクラムの1.5mルールがなくなってレベルが高くなりましたが、最初の頃、先輩方が僕らに合わせて組んでくれて、あまり苦労せずに徐々に慣れていくことができました。そういう意味では、神戸Sに入団した今が一番大変さを感じています(苦笑)」

これから神戸Sの先輩からいろいろなことを吸収して成長していくと。

「よく神戸Sの試合を見ていて、昔からヤンブーさん(山下 裕史)のことをすごいなと思っていました。実際に一緒に練習して、40歳とチーム最年長ですが、フィールドプレーでは若手と遜色がないような働きをされていて、スクラムも強くて、改めて別次元の存在だなと感じました。ヤンブーさんのようなプロップになれるよう努力します」

今後の目標は。

「まずは試合に出ることです。そのためにはまずはフィジカルを鍛えないといけません。今、105kgなのですが、あと10kgは増量して体も大きくしていきたい。そうすることで、おのずとスクラムもフィールドプレーも良くなると思います。やることがたくさんありますが、頑張ります!」

ラグビー選手としての最終目標を教えてください。

「スクラムは奥深くて限界がないということを神戸Sに入り、改めて感じました。プロップとして成長し続ける選手になることが一番の目標です」

では最後にスティールメイツへメッセージをお願いします。

「ヤンブーさんをはじめ、チームには素晴らしいフロントローの先輩がいます。その背中を追いかけて、いつか追い越すことができるように頑張ります。応援よろしくお願いします!」

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