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-Long interview-

2022/06/15 | 取材日:2022年5月14日

退団選手インタビュー Part.12 橋本 大輝

橋本 大輝DAIKI HASHIMOTO

■1987年2月7日生まれ、福岡県北九州市出身

■帆柱ヤングラガーズ→九州国際大附属高校→京都産業大学→コベルコ神戸スティーラーズ(2009年度)

⬛︎ポジション/フランカー

⬛︎2021−2022シーズンまでの公式戦出場回数/141

⬛︎代表歴/日本代表(1キャップ)

「現役生活に一切の後悔はありません!
反骨心で取り組んだ13シーズンでした」
13シーズン、お疲れ様でした。第5節で脳震盪を負い、現役最後のシーズンは怪我で終わりましたが、悔しさややり残したことなどはないのでしょうか?

「ありません。やり切りました!むしろ、やり過ぎてしまったと後悔しているくらいです(笑)」

(笑)。以前行ったインタビュー(『神戸製鋼コベルコスティーラーズトップリーグ激闘の記録』)で、平尾誠二GMが逝去された2016年シーズンを持って引退しようと思っていたと言われていました。

「そうです。平尾さんが亡くなって、キャプテンを前川(鐘平)に引き継いで引退しようと思ったのですが、長年チームを支えたスタッフが去ることや、前川を支えないといけないと思い、現役を続けることにしました。そして、2018年シーズン、ウェイン体制となり、優勝を達成できて。ずっと日本一を目標にしていたので、感無量でした。平尾さんに優勝の報告もできましたし、良かったです」

13シーズンを振り返ってどうでしたか?

「いろいろな経験をさせていただいて、成長することができました。特にキャプテンをした最初の5シーズンは、大変なことも多かったですが、一番成長できた期間になりました」

キャプテンをして、どういうところが成長できたと思いますか?

「2012年シーズンに『キャプテンをやらないか』と打診を受けた時は、先輩もたくさんいる中で、『僕がやっていいんだろうか』と悩んだこともありましたが、平尾さんから『自分らしくやれ』と言っていただいて、僕らしくやろうと思いました。僕は口下手なので、姿勢でチームを引っ張ろうと、練習は誰よりも頑張りましたし、私生活もちゃんとしないといけないと思い、社員として、人として、規律を守った生活を送ってきました。それから、ラグビーの面では考えてプレーするようになったと思います。どうしたら試合をうまく運ぶことができるのか、こうしたらトライまでつながるんじゃないか。そういうことを考えてプレーするようになって、選手としてステップアップできたように思います。また、誰よりも手を抜かずに練習した成果が出て、コンタクトもランも良くなってきました。キャプテンという立場を与えられて、選手として、人として成長できた5シーズンになったと言えます。ただ、そういう意味では、僕が5シーズンもキャプテンをしてしまったことで、他の選手の成長の場を奪ってしまったのかなとも思います」

今シーズンもキャプテンを務められましたが。

「今シーズンは次世代のリーダーを育てたいという思いがありました。僕は主に行動指針を決めるなど、チームカルチャーを担当し、現場は、李(承信)や橋本皓、アンカーグループに任せようと。僕が脳震盪で戦線離脱してから、特にバイスキャプテンの二人はよく頑張ってくれたと思います」

キャプテン1年目のシーズンの2012年には初めて日本代表に招集されました。日本代表はどうでしたか?

「日本代表に選ばれるようなレベルの選手ではなかったので、ジャパンは夢のまた夢という感じでした。だから、選ばれた時は、夢が叶った、という感じで。代表戦には1試合しか出ることができなかったですが、合宿で朝からハードな練習をして、自分を追い込むことが習慣として身に付いたことは良かったです」

橋本選手をグラウンドに向かわせたモチベーションは何だったのでしょうか?

「反骨心ですね。高校は無名校ですし、大学も超エリート校ではありません。入団した当初は試合に出られると思っていなかったですし、2、3年で引退するんだろうなと。けど、負けたくないという反骨心で、一生懸命取り組んで、練習だけは誰よりもやったという自負があります。反骨心が、僕にとって大きなモチベーションになっていました」

反骨心で13シーズン、プレーしたと。その中でもっとも印象に残っている試合を教えてください。

「15シーズンぶりにトップリーグで頂点に立った『ジャパンラグビー トップリーグ2018−2019』決勝も印象に残っていますし嬉しかったのですが、1番印象深い試合は、アリスター(・クッツェー)が指揮をしたシーズンの、『ジャパンラグビートップリーグ プレシーズンリーグ2015』決勝です。日本代表は不在の大会でしたが、人生で初めて掴んだタイトルになりました。その前年度から『日本人選手と外国人選手が仲良くならないと良いチームはできない』とアンディ(アンドリュー・エリス)と(アンドリース・)ベッカーから提案があり、彼らと何人かのベテラン選手が月に1度食事会をし、チームのどこが悪いのか、どうすれば良くなるのかなど、話し合いながら、苦労してチームを作ってきました。それが実って獲得したタイトル。キャプテンをして3年目だったのですが、『初めてキャプテンらしい仕事をしたな』と思いましたし、前のシーズンから地道に1つ1つ積み上げてチームを作ってきて、2018年シーズンの優勝とはまた違った嬉しさがありました」

2019年シーズンはどうだったのでしょうか?

「ウェイン(・スミス)が来て、僕らがその前の年に作っていた行動指針をより具体的にチームに落とし込んでくれたり、レガシー活動をすることで、会社とチームをつなげてくれたりしました。ラグビーでは、基本スキルに取り組んで、アタッキングラグビーを作り上げて。2018年と2019年は、神戸のラグビーが精度高くできた2シーズンになりました」

まだまだ橋本選手のプレーが見たいというファンの方々は多いと思います。

「もう無理です。満身創痍です(笑)!股関節の手術にはじまり、右肘の脱臼、右肩、鼻…13年間で8回手術をしました。両足首にいたっては、靭帯がないとドクターに言われて、健康なのは手首くらいです(苦笑)。今後は、チームに残って、僕がスティーラーズで成長できたように、このチームが、みんなの成長できる場になれるようにしていきたいと思います」

チームメイトへメッセージを。

「一瞬一瞬を大事に後悔のないようにラグビーに取り組んで欲しいです。僕も現役生活に一切の後悔はありません。最後に『やり切った!』と思えるようなラグビー人生を送ることができるよう、頑張ってください」

ファンの皆様へメッセージをお願いします。

「13年間、ありがとうございました!勝っている時はもちろん、勝てない時もずっと支えて応援し続けていただき、ありがとうございました。ファンの皆様の存在は、チームにとって大きくて、いつもパワーをもらっていました。これからも皆様のあたたかい応援で、チームを支えていただきますよう、よろしくお願いします!」

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